船津胎内樹型の基礎知識はこちら
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河口湖フィールドセンターで受け付け
前回は、小学校の団体さんが見学するとのことで休館になっており今回がリベンジだ(最も、行く前に見学が可能なのか確認しなかった当方に非はあるので仕方がない)
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拝観料をお支払いして、洞内についての説明等をお聞きする
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入洞前に、御胎内の歴史を学ぶ
富士講信者が、奉納した旗「マネキ」や装束の写真も見ることが出来た
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これは、大昔に描かれた「富士山體内巡の図」
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そして、パンフレットにも載っている船津胎内樹型の見どころも見ることが出来る。正直なところ、もう一度ゆっくりと見学してみたと思わせる船津胎内・・・奥が深いと思う
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富士講から寄進された石仏を見学
受付を済ませて、見事な朱色の胎内神社の鳥居をくぐる。正面に見えるのが無戸室浅間神社(むつむろせんげんじんじゃ)
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この苔に覆われた石像は、「このはなさくやひめ」様であろうか?
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これは、富士講が立てた石碑だろうか?にしても、江戸時代の富士講の人達は、富士山に登拝する前日にこのお胎内で”生まれ変わり”を体験するのが決まりだったようだ。そしてその後は、御師の家に泊まり神前で祈祷を受けたり、麓の湖や滝といった霊場で禊をしたり、ふだん俗界にいる人間が、神なる富士山に行きつくには、さまざまな道のりを通らなければならなかったようだ。今の様に弾丸登山は考えられなかった時代・・・富士山に登る事、富士講みんなの願いを背負って登ったことであったのだろう。
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いよいよ、「無戸室浅間神社(むつむろせんげんじんじゃ)」の奥にある入り口からの入洞である
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